天予備について

受験生とともに 天王寺予備校は2017年 創立64周年



1953年創立当時
事をなし遂げるには自信がなくてはならない。

「やれば出来る!」という信念をもって行なえば

必ず目的が達成される。この信念を体得する道は?

それは自分でやろうと決心したことを

「事の大小を問わず一つ一つ完成していくこと」

である。

この完成したという意識の集積こそ

自信を生む唯一の母体である。

大学入試に栄冠を飾らんとする諸君にとって

何よりも大事なものはこの「やれば出来る」という

信念の体得だと思う。

私は三十有余年、受験に悩む若人達と数学を通じて

共に学び、共に歩んで来た。

特に浪人生活を余儀なくされる諸君に

限りなく愛着を覚える。

私の予備校創立の決意は実にこの気持ちから

生まれたものに他ならない。


昭和28年3月
天王寺予備校創立者 故早原栄一先生
(天王寺予備校設立趣旨より)
1971年
1983年
1990年




2017年現在
天王寺予備校は2016年度より「個人と集団のハ
イブリッド型」のブレンド学習を導入していま
す。
個人個人の長所弱点に対応した「個別学習」で
は、基礎学力を強化するとともに「対面授業」
では、参加型授業にて共有化を図り、相互能力
アップをめざしています。また、この組合せを
各人に合った効率的なものとするため従来から
行ってきた学習コーチに学びの潤滑油としての
指導役割を持たせ、熱い思いで天予備生全員の
学力向上と合格をめざす新しい授業形態を構築
しました。
それが、天予備ブレンド学習です。



学館長挨拶


早原 瑛
学校法人
天王寺学館 学館長

日本も、長い学歴信仰の時代から、先進国並みの 「大学へ行って本気で勉強しよう。」という認識が高ま ってきた。リーマンショックに起因する急激なるグロー バリゼーションの進展に伴って大学などの選択も急拡大 してきた。外国大学への留学は勿論の事、専門学校も、 短大も、大学院も、さらに弁護士や医師の養成にも大き な変化が生まれ、いよいよ実行に移される。

日本の高等教育機関も愈愈国際化の 嵐にさらされている。日本の体質が、学歴による官界や 一流という名の製造業、金融業へ就社してきた終身雇用 的習慣から脱して、個々の能力による個性の発揮を軸と する先進国型の成熟社会へ変化が始まっているのである。 かつての大学入試の異常な競争は、猛勉強の反面、反っ て本来人間の持つ自由な知性を損なって、受動型人間を 作ったが、この指示待ちタイプは今日の想像力自立挑戦 型の冒険人間を必要とする時代に大きな重しとなってい る。

呻吟のバブル後の10数年を経て、近来漸く前途に見通しが 見えてきた。伝統あるモノ作りや先端技術開発の進展と 共に表れたソフト・ヒューマンウェアの開発も着々と進 行中である。わが国は江戸時代260年を平和の中で過ご し、類い稀な美意識をその間に成熟させて、19世紀の西 欧世界に衝撃を与えたが、その伝統は今なお脈々として 人人の心の中にある。特に町人文化として近来その評価 はますます高い。このことを誇りとし、徒らに悲観し、 前途に希望を失うが如き態度をとるべきではない。大阪 の懐徳堂や適塾に学んだ人々のアカデミズムには、西欧 を凌ぐ水準に達していたことを知るべきだろう。

「知ろうと思う」は天王寺学館の主流テーマだが、わが天 王寺予備校の伝統は少数精鋭の知の狩人(The chaser of intelligence)たれというにある。大学に合格するための 準備教育という枠をこえて、大学入学後、卒業後も通用す る本物の知識(アカデミズム)を学び絶えず好奇心絶やさぬ 諸君を待っているのである。




沿革

 1953
 天王寺予備校設立
 1955
 寄付行為により、学校法人を設立
 1967
 天王寺英語学院を創立(関西外語専門学校の前身校)
 1969
 学校法人 天王寺学館設立
 1971
 地上4階地下1階の新館落成、進学教室を進学ゼミナールと改称
 1973
 創立20周年記念式典挙行、20周年史を刊行
 1980
 天王寺学館附属教育研究所開設
 1989
 国際アカデミー高等専修学校創設、関西外語専門学校日本語学科開設
 1993
 天王寺アカデミー専門学校を関西外語専門学校と改称・創立40周年記念式典挙行
 1997
 天王寺予備校、専修学校として認可
 1998
 地上7階建の天王寺学館新館建設着工
 1999
 天王寺学館新館完成
 2001
 芸大・美大コース設置
 2002
 天王寺学館高等学校開校
 2003
 学校法人 天王寺学館創立50周年記念式典挙行
 2013
 創立60周年
 2016
 ブレンド学習システム導入

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